ハッスルキングを見た感想

作品データ

『算死草(スーン・セイ・チョウ)/ハッスルキング』

  • 製作年:1997年
  • 製作国:香港
  • 公開日(香港):1997年8月1日(香港返還から約1か月後)
  • ジャンル:コメディ/法廷劇
  • 使用言語:広東語(粤語)、一部英語

キャスト

  • 周星馳(チャウ・シンチー)
  • 葛民輝(ゴッ・マンフェイ)
  • 莫文蔚(カレン・モク)
  • 邱淑貞(チンミー・ヤウ)
  • 林保怡(ラム・ボウイ)

スタッフ

  • 撮影監督:張文寶(チョン・マンボウ)
  • 脚本:馬偉豪(マー・ワイホウ)、黃浩華(ウォン・ホーワー)
  • 撮影監督:張文寶(チョン・マンボウ)
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感想

2017年ごろ、もともと周星馳(シンチー)が好きで、出演している映画をとにかく片っ端から見ていた。『ハッスルキング』も、その流れで宅配ゲオから借りた一本だったと思う。
2025年の今、この映画のストーリーはほとんど思い出せない。ただ、冒頭にあった「これは今の時代ではかなり厳しい」と感じるナンセンスなおふざけと、法廷劇の形式をとっていたこと、そして出演している女性が現代的な体育館シューズのような靴で普通に歩いていたことだけは、妙に記憶に残っている。

当時、纏足について調べていたこともあり、香港映画の時代劇を見ると、女性の足元がどう描かれているのかが気になるようになっていた。だからこそ、この映画で女性が自然に歩いているのを見て、違和感よりも先に「ほっとした」という感情が湧いたのだと思う。歴史的に正しいかどうかよりも、画面の中の女性が不自由さを背負わされていないことに、安心した。

日本語タイトルの『ハッスルキング』から受ける軽さや、シンチーの過剰な演出に反して、この映画はどこか真面目だったという印象も残っている。ふざけてはいるが、ただのバカ映画として消費しきれない、妙な重さがあった。その感覚を、当時の私はうまく言葉にできなかった。

原題である「算死草」という三文字の漢字は、意味を知らないままでも強く印象に残った。軽薄さとは逆方向の、どこか覚悟めいた響きがあり、冗談の裏にある真顔の部分を指し示しているように感じられたからだ。意味を調べる前から、この言葉を座右の銘にしたいと思ったのは、そのためだったのかもしれない。


日本語タイトルについて

本作は日本では『ハッスルキング』というタイトルで紹介されている。勢いがあり、分かりやすく、90年代の香港映画としては妥当なネーミングだったのかもしれない。ただ、その軽さは、私がこの映画に感じた妙な真面目さや、見終わったあとに残った重さとは、どうしても噛み合わなかった。

シンチーのナンセンスな演出や過剰な身振りだけを強調するなら、『ハッスルキング』という題は確かに分かりやすい。しかし、原題である「算死草」という三文字の漢字が持つ、計算、執着、覚悟といった硬質な響きは、日本語タイトルからは完全にこぼれ落ちている。意味を知らずとも、その差は感覚的に伝わってきた。

私はこの映画を、内容よりも先にタイトルのズレとして記憶しているのかもしれない。軽薄に見せられた映画が、実際にはそうではなかった。その食い違いこそが、『ハッスルキング』という日本語タイトルが生み出した、最も大きなノイズであり、同時にこの作品を忘れきれなくしている理由でもある。

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